2012年8月24日金曜日

サイファの物語 (1)


 人生を物語に例える人がいる。
 生まれてから死ぬまでの、その人の歴史が即ち物語だと言うのだ。

 だとすると、ここで今しがた息絶えた人の物語は、俺の手によって完結した事になる。
 いや、完結ではない。恐らく途中だったのであろう物語を強制的に終わらせたわけだから、言うなればこれは打ち切りだ。第一部完。多分第二部はない。
 最も、転がる首がまだ胴体にくっついていた頃に、彼がどのような物語を紡いでいたか、そんな事にはまるで興味はなかった。全く接点のない相手だ。今朝指令書で顔写真を見たばかりの見知らぬ男。
 ただ、ふと思う。
 世の中に、自身の物語を満足いく形で完結させられる人はどれくらいいるのだろうか。

 きっと俺の物語も、まともな終わり方はしないだろう。

──

「順調か、グルカ」

 俺が着ているローブと同じように、夜に溶け込みやすい黒のマントに身を包んだ男が親しげに話しかけてくる。グルカと呼ばれるが、これは俺の名前じゃない。

「問題ないっす」

 順調か、の後に、問題ないっす、のやり取りは、仕事を終えた後の決まり文句だった。
 同じ組織に属しているその男は、自分の直属の上司とも言える存在で、仕事の依頼を仲介する役目を持っていた。名前は確か……なんだったか。忘れたが、得物にボウガンを使うので、皆”ボウ”と呼んでいる。
 俺もまた、サイファという名を与えられてはいたが、その名前に特に意味はなく、皆と同じように得物の名前で呼ばれていた。グルカナイフを使っているから、グルカ。

「死体はこちらで処理済みだ。今回も良い手際だった。さすがだな」

「あ、どうもっす。で……なんすか? また依頼っすか」

「ああ、すまんな。ご明察だ。どうも近々また大きな戦争が始まるらしいんでな」

 戦争が起こるから暗殺稼業が忙しいというのも、よくわからない話だが、政治っていうのはそういうものらしい。
 要するに、戦争が始まるから一枚岩になろう、と。そのために厄介者を消しちゃおうよ、という事なんだろうか。
 何にせよ、深く考える必要はない。与えられた指令をこなすだけだ。

「これが指令書だ。顔写真は網羅できていないが、対象の施設にいる者は全て消せとの事だ。今回は数が多い。俺も同行するから、そのつもりでな」

 ボウが来てくれるなら、多少は楽できるな。
 その時は、ただそんな風にしか考えていなかった。

──

 俺がグルカナイフを得物に選択したのは、投擲にも使えるとか、手入れをこまめにしなくてもいいとか、形状がかっこいいとか、色々な理由がある。が、中でも最も重要な点は、首を撥ねやすい作りになっている事だ。
 師匠はこの選択を褒めてくれた。曰く、「一撃で仕留める事こそが暗殺」との事で、手負いにして悲鳴を上げられたり、反撃されたりするリスクは極力少ないに越したことはないという理屈かららしい。
 もっともな話だが、俺がターゲットを一瞬で殺したいのは別の理由からだった。
 こんな事を言うと、暗殺者としては甘いと言われるから誰にも言った事はないが、仮にターゲットが命乞いをしてきたら、俺はそれを無視できるかどうか? 正直なところ、それが不安だった。

 多分、俺はこの仕事には向いてないんじゃないかなぁ。

 そんな事を考えながら、二人目の目標に背後から近づき、首を撥ねる。うまくいった。

 三人目は子供だった。俺の手が止まった。

──

(続く)

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